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東京地方裁判所 平成元年(ワ)8293号 判決 1991年2月28日

原告

株式会社髙桑建物

右代表者代表取締役

髙桑幹雄

右訴訟代理人弁護士

田中守

福地領

被告

小野瀬重雄

右訴訟代理人弁護士

秋山泰雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、原告から金四五〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三五年一月ころ、被告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を住宅として賃貸し、引き渡した。

その後、右賃貸借契約は更新を重ね、昭和六一年八月一日からは期間二年、賃料月額四万三〇七〇円とする旨の合意がなされたが、昭和六三年八月一日以降は法定更新されている。

2  原告は、被告に対し、昭和六三年九月七日到達の書面により、解約の申入れをした。

3  右解約の申入れには、次のような正当事由がある。

(一) 本件建物は青山通りに面し、地下鉄表参道駅(表参道交差点)からも約二〇〇メートルの位置にあり、付近はオフィスビル、高級ブティックなどが多く、事務所としての需要が極めて高い。

(二) このため、本件建物と同じ一棟の建物(以下「本件アパート」という。)内にあり、同一面積の五〇九号室は、事務所として賃貸しているが、その賃料は月額一八万円であり、本件建物も事務所として賃貸すれば、同様に現在の数倍の賃料を得ることができるはずである。

(三) 被告は、昭和五五年ころ、川崎市高津区末長一四六番地一姿見台スカイハイツA―四〇七号(以下「姿見台スカイハイツ」という。)に転居し、本件建物ではほとんど生活していない。

(四) 右のように、被告は本件建物をほとんど不在にし、しかも緊急時の連絡先も原告に対して明らかにしていなかったため、漏水事故が生じても手当が遅れ、階下のテナントに対して迷惑を及ぼす等、建物の維持・管理に支障を生じさせる状況であり、被告の本件建物保管に関する善管注意義務は十分尽されていなかった。

(五) 原告は、平成三年一月二三日の本件口頭弁論期日において、被告に対し、立退料として四五〇万円を提供する旨の意思表示をした。

4  よって、原告は、被告に対し、本件建物賃貸借契約の終了に基づき、原告から金四五〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明け渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実のうち、本件建物が青山通りに面し、地下鉄表参道駅(表参道交差点)からも約二〇〇メートルの位置にある点は認め、その余は不知。

(二)  同3(二)の事実は不知。

本件アパートは、昭和三五年ころ、原告が住宅金融公庫の融資を受けて建築した共同住宅であり、建物の賃料は規則され、住宅以外の使用目的のために賃貸することは禁止されていたものであったが、原告は昭和四八年ころ、右融資を繰上返済して規則を免れると、以後、空室を店舗又は事務所として賃貸することによって利益追求を図ってきた。

(三)  同3(三)の事実のうち、被告が昭和五五年ころ姿見台スカイハイツに生活の本拠を移転した点は認め、その余は否認する。

被告は、昭和二七年三月ころから同三五年六月ころまでカンタス航空日本支社、昭和三五年七月から同六三年七月までKLMオランダ航空日本支社、平成二年七月一二日以降現在まで株式会社ヴイトール・ジャパンにそれぞれ勤務していたが、これらはいずれも外国航空会社又はその総代理店であるため、被告は都心にある事務所だけではなく、成田にある新東京国際空港にまで出張することが多かった。そのため、被告は、姿見台スカイハイツに転居した後も通勤に便利な本件建物を必要に応じて使い、被告又は被告の妻が週二、三回程度住居として使用し続けている。

(四)  同3(四)の事実のうち、被告が不在のことがあった点及び原告に連絡先を告げていなかったこと並びに漏水事故が発生したことは認め、その余は否認する。

原告は契約上本件建物へ立入る権利を有し、かつ実際にも立入っているのであるから、被告が不在であり連絡先が不明であることから建物の維持・管理上支障が生じることはない。また、漏水事故自体の原因も、老朽化する建物に対する原告の管理が不適切であったことによるものである。

(五)  被告の今後の賃借の必要性

被告は、前記姿見台スカイハイツの購入に関して融資を受けたが、昭和六三年一〇月二七日現在この残高が七三〇万円あり、月額五万九一四七円宛一五年の分割弁済中である(更に、金利上昇により、右返済額の増額が通告されている)。

ところで、被告は現在株式会社ヴイトール・ジャパンに勤務しているが、契約期間一年の嘱託として採用されているにとどまり、これがいつ打ち切られるかも知れず、不安定な雇用状況である。

そこで、被告としては、退職後も前記借入金を返済し続けなければならないという不安から、今後は生活の本拠を本件建物に戻し、姿見台スカイハイツを第三者に賃貸し、その賃料の差額を生活費に充てることを予定している。したがって、被告が本件建物を明け渡すことは被告の将来の生活設計を困難にすることになる。

第三  証拠<略>

理由

一請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二そこで本件解約申入れの正当事由の存否につき判断する。

1  本件建物の位置、需要等

本件建物が青山通りに面し、地下鉄表参道駅(表参道交差点)からも約二〇〇メートルの位置にあることは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、本件建物の付近はファッション関係の事務所や店舗が多く存在し、店舗や事務所の需要が極めて多いことが認められる。

2  本件建物の賃料―原告側の事情

<証拠略>によれば、

(一)  本件建物は昭和三五年ころ、不動産賃貸業等を営む原告が住宅金融公庫の融資を受けて建築した共同住宅であり、この関係で建物の賃料が低廉に制限され、賃貸の目的も住宅使用に限られていたところ、原告は昭和四八年ころ、住宅金融公庫に対して繰り上げ返済したことにより右規則を免れたため、それ以後、空室を店舗又は事務所として賃貸する方針をとってきたこと、

(二)  右方針に基づき、原告は本件アパート内の本件建物と同一面積の五〇九号室を事務所として賃料月額一八万円として賃貸し、また、平成二年には同一面積の四〇五号室を事務所として賃料月額二五万二〇〇〇円として賃貸しており、これらからすれば、本件建物も事務所として賃貸すれば、現在の数倍の賃料を得ることができると見込めること

が認められる。

3  被告の本件建物の使用状況

被告が昭和五五年に、姿見台スカイハイツに生活の本拠を移したことについては、当事者間に争いがない。

そこで、その後の被告の本件建物の使用状況をみるに、<証拠略>によれば、

(一)  被告の昭和六三年から平成元年ころの本件建物における水道・ガス・電気の使用量は、被告と同様一般家庭で本件アパート内で被告と同一面積の部屋を賃借する者に比べて著しく少ないものであり、被告の本件建物での生活が極めて限られたものであること、

(二)  本件建物には、冷蔵庫・ラジオ・トースターといった生活用品が備えつけられており、最低限の生活は可能であり、被告はKLMオランダ航空日本支社に勤務し、これを退職した後現在に至るまでトルコ航空の日本における総代理店である株式会社ヴイトール・ジャパンに勤務していたが、これらの勤務の関係上、成田にある新東京国際空港へ通勤することが月数回あり、その際、通勤に便利な本件建物を宿泊場所として使用していたこと、また、原告の妻も同程度宿泊し、更に、宿泊を伴わない休憩にも使用していたこと、

(三)  本件建物で被告の不在中に漏水事故があったこと及びこのとき原告から被告に対し連絡がとれなかったことがあった(この点については当事者間に争いがない。)が、本件賃貸借の特約上被告が不在でも緊急時であれば、原告は被告の承諾なく本件建物に立ち入ることができるものとされており、かつ実際も承諾なく立ち入っているのであって、被告が不在でありかつ連絡がとれないというだけで被告の善管注意義務の懈怠や建物の維持管理に対する支障が生ずるものとはいい難いこと、

が認められる。

4  被告の今後の本件建物の使用予定

<証拠略>によれば、被告は昭和六三年ころ、東京都民銀行から七三〇万円を借り入れ、これを平成一五年九月二七日までに分割返済する債務を負担していること、一方、被告の現在の雇用状況は一年契約の嘱託で更新も不確実であり、現在の会社を解雇された場合、右借入金を返済しつつ生計を維持するためには、被告は再び本件建物に生活の本拠を移し、姿見台スカイハイツを第三者に賃貸することが必要となる可能性もあながち否定し難いことが認められる。

5 以上認定の原、被告双方の諸事情を比較検討するに、原告側の必要性は本件建物を事務所用に賃貸することによって賃料の増収を図ることに尽きるところ、被告側は昭和五五年以降本件建物を通勤上の利便から月に数回宿泊等に使用しており、この面での必要性は必ずしも高いとはいえないものの不合理とまではいえず、更に今後に被告が予定している前認定4の必要性をも合わせ考えれば、原告の本件解約申入れに正当事由あるものとは認め難く、原告の申出にかかる立退料四五〇万円の提供を考慮に入れてもなお正当事由を具備するものとは認めることができない。

三以上の事実によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官荒井勉)

別紙<省略>

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